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縄文文化にドッキ土器!!

 
こんにちは、地域おこし協力隊下田チーム、半農半イラストレーターの中野直文です。
前回「一から始めた農業三年間」というタイトルで記事を書かせていただいたので今回は農業以外の活動についてご報告します。
なんとこの度、三条市歴史民族産業資料館で開催されている『遺跡発掘調査速報店2023+何だこれは!三条市の日本遺産2』にて私が見付けた石器が展示される事になりました。
それがこちらの磨製石斧(ませいせきふ)です。
  


1 ドキドキ磨製石斧発見


下田の雪が溶けた5月の中頃、私たちが管理している棚田の代かき(田んぼの土を細かくする作業)の後に土の状態を見ようと田んぼに手を突っ込んだ際に土の中から出てきたものです。
 
下田地域には縄文文化が色濃く残っていて、縄文時代中期の大集落、長野遺跡からは、火焔(かえん)型土器や王冠型土器、「大珠」と呼ばれるヒスイの首飾りなどが出土しています。
 
地域の方から縄文土器を子供の頃に拾った事があると聞いて、ずっと探していました。以前、発掘調査のバイトをした事がありますが、その時は米粒ほどの土器の破片しか出て来ず、歯がゆい思いをしました。
 
今回、偶然見付けた磨製石斧は大きく、このような形で発掘調査にも貢献できてとても満足しております。
ちなみに展示会にはもっと大きく出来の良いものが展示してありますので、そちらもご覧になってください。
いい仕事をしてます。
速報展は3月21日まで開催しています。
 



2 ドキドキ神話時代


以前どこかで、「縄文時代は神話の時代なんだよ」と聞いたのを思い出して参考情報としてウィキペディアで調べてみました。
 
神代(かみよ、じんだい)は、日本神話における時代区分。日本神話(『古事記』・『日本書紀』等)において、神々が支配していた時代という意味。天地開闢(てんちかいびゃく)から神武天皇が即位するまでの時代のことを指す。神世七代地神五代日向三代)が含まれる。歴史学的に対照させるならば弥生時代後期以前に相当する。
神代に続く、神武天皇から大化の改新までの時代(歴史学的には弥生時代末期 - 古墳時代 - 飛鳥時代中期)は、上古と呼ばれる。
注釈『日本書紀』に記された歴代天皇の在位年数を元に逆算し、機械的に西暦に置き換えた年代としては、紀元前660年
 
ということらしく、縄文土器や石器は八百万の神々が地上を闊歩(かっぽ)していた神話時代の遺物ということになりますね。ロマンを感じざるを得ません。
 

3 ドキドキセンチメンタル


下の写真は速報展会場の真ん中に展示されている土器ですが、ほとんど完全な形で出土したらしく、亡くなった胎児を埋葬するために作られた可能性があるそうです。
元気に産んでやれなかった我が子のために、親からしてやれる最初で最後のプレゼントを送りたいという強い思いがあったからこそ、現代まで残る丈夫な土器ができたのかもしれません。
 
 



太古の家族の悲しいドラマに思いをはせて、小一時間くらいセンチメンタルに浸っていたところ「もうすぐ協力隊の任期が終わり、しっかり準備しないと無職になってしまう」と急に現実に引き戻されました。
「こっちの事はいいから、お前はしっかり前を見ろ」と縄文一家に言われたとか、言われてないとか。
 
下田に来てからの三年間でいろいろな事を体験させてもらいました。正直なところ農業はついでぐらいの気持ちでしたが、なんだかんだで一番のめり込み楽しんで取り組みました。
今後は農家として活動して行こうと思っており、新規就農者になるため農業大学校の受験勉強を頑張っております。
久しぶりの数学に苦戦しておりますが、勉強嫌いを克服して農業大学校でしっかり勉強して立派な農家を目指します。

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